アンチ・ゼミ |
かつて、いっぱしの大学生であった僕は、イッチョまえに「ゼミナールなるもの」に所属していた。
新卒の就職活動をしていた時、エントリーシートに時折、「所属ゼミ名」を記入する欄があって、困惑したことがある。 学内では担当教授の名前をとって「秋沢ゼミ」みたいに、便宜上呼んでいたが、企業の人事担当に学内ローカルの教授の名前なんか分かるわけがないので、 「○○学ゼミ」みたいに専門分野を書くべきなのかどうか迷ったのだ。 でもこれ、結局は「竹中平蔵ゼミ」とか「島田晴雄ゼミ」だったら(何故かいずれもK大教授…私怨か)何の迷いもなく記入できるわけで、 「所属ゼミ名」を書かされた時点で、 「ウチって一流企業だからさ、どこの馬の骨かもわかんないヤツ、採用できないんだよね。さあ、どいたどいた。シッシッシッ」 と宣告されているものと思ってよさそうである。 僕は言うまでもなく、「どこの馬の骨」的ゼミに属していたから、担当教授の名前をネタに就職活動を展開することはできなかった。 だから在学中も、「なんとかゼミ」「かんとかゼミ」とやたらゼミ名を会話に折り込んでくる人間を毛嫌いしていた覚えがある。 負け惜しみといえばそれまでだが、学生時代は一貫して「アンチ・ゼミ」の姿勢をとっていたのだ(いばるなっつーの)。 しかし大学入学以前、すなわち“世を忍ぶ仮の”浪人時代にも、僕は別の意味で「アンチ・ゼミ」であった。 そのゼミとは、「一人より○ゼミ」というコピーでお馴染みの某大手予備校である。 ○ゼミは、5つ年上の兄がかつて通っていた予備校であり、その兄から数々の悪しきウワサを聞かされていた僕は、浪人が決まった時、 「けっ、テレビ画面で授業ができんのかよー?。授業っていうのはなあ、講師と生徒の生身の真剣勝負なんだよ」 などという、金八先生あたりが聞いたら泣いて喜びそうな、とてもとても恥ずかしい言葉を残しつつ、 「本気なら、城○予備校」というコピーでお馴染みの、「管理教育」で知られる中堅予備校の門を叩いたのだ。 「アンチ・○ゼミ」にしても、どうして宣伝会議賞でお馴染みの(おいおい)「河○塾」や「駿○予備校」にしなかったのかといえば、 結局は、単なる「アンチ大手」だったのだ。 「みんなが通いそうなところはとりあえず避ける」という、僕のアマノジャク的な性格はかなり根深く、幼少の頃から 「アナーキー in JP(アドレスみたい)」的な傾向は強かった。 ゼミがらみでいえば、通信添削の「進○ゼミ」というのが大嫌いだった。 嫌いになった理由は、ほとんど「逆うらみ」に近い。 小学5年くらいのある日、テストのひとつ前の授業が何かの都合で自習の時間になった。 教科書を読んでいてふと気付くと、長井君(仮名)の席のあたりに人だかりができている。 長井君はルックスも大変よろしく、スポーツ万能で、いわゆるモテモテの少年であった。 「全国アンチ・ビジュアル系連絡協議会、推進本部長」(当時)であった僕からすると、この長井君は天敵ともいえる存在だったのだ。 当時の僕は、「モテモテの人」を「カッコつけてる人」という風に拡大解釈し、「カッコつけマン」と称して敵視していた。 その「カッコつけマン」長井君の席に人だかりができているのだ、気にならないわけはない。 「アン・ビ連」会員の使命として、この現象の事実関係を確認するため、僕は席を立って人だかりの中心にいる長井君を遠巻きに見た。 すると、長井君はところどころ赤い文字で書かれた参考書のようなものと、同じく赤い小さな下敷きのようなものを持っている。 その赤い下敷きを参考書の上に載せると、「あーら不思議!」とばかりに赤い文字が消え、テスト直前チェック用の穴埋め問題に早がわりするのだ。 これこそ、ウワサに聞こえた「進○ゼミ」の付録教材だったのだ。 そんなシャレた教材で勉強しているのが物珍しかったので、長井君の周りに人垣ができていたのだ。 長井君に注がれる羨望の眼差し…。輪の中心で得意げに爽やかな笑いをふりまく長井君…。モテモテの長井君…。自分とは違う長井君…。 「キーッ!なによ、ちょっとくらい人気だからって調子に乗るんじゃないわよッ」 と、何故か僕は女言葉で怒りをアラワにし、長井君への嫉妬心をどういうわけか教材、すなわち「進○ゼミ」の方へ向けてしまったのだ。 ここからの僕の逆襲は、自分で言うのもなんだが、凄いものだった。 とにかく「進○ゼミ」で勉強している人間を目の敵にし、あらゆるテストにおいてゼミ派を蹴散らすことだけに執心して勉強に励んだ。 「進○ゼミ」の存在は、僕のようなアンチ・ゼミ派の人間の学力アップにも貢献していたのである。実に、素晴らしい。 ところで、「進○ゼミ」といえば、ダイレクトメールにいつも同封されていたマンガのことが思い出される。 ストーリーはだいたい、 「部活と勉強をいかに両立するか」が中心テーマになっている。 主人公は男子中学生で、何故かサッカー部・テニス部・バスケ部のいずれかに所属している。 天文部・鉄道部のような文化部は、全く登場しない。何故か。 それはなんとなく、両立できちゃいそうだからだろう。 また、野球部・柔道部など、求道的雰囲気の漂いはじめる部もあまり登場しない(まれに剣道部というのはあった)。 何故かというと、ここに色恋が絡んでくるからなんですねえ。エエ。 −野球は、美男子でモテモテであるにもかかわらず、女の子のケツを追いかけまわす以前に山田太郎のケツを追って明訓高校に入学しちゃう里中智みたいな男がいるような求道的スポーツである−余談 主人公お目当ての女の子は、たいてい幼なじみかなんかで、活発でスポーツ万能で勉強もできるスーパー・ガールである。 主人公の男子は、部活の練習が終わるとバタン・キューと疲れきって寝てしまうので、成績はガタ落ち。 そのため、親から部活を辞めて塾に通うように言われる。 本人としては、好きな女の子と同じ高校に行きたいので塾で勉強したいところだが、部活も捨てられない。両立は不可能。 「どうする、どうする、どうする。君ならどうする?」という状況である。 と、ここで救世主が登場するのだ。 メシア役は、たいてい、トップ高校に入学した部活OBで、スポーツ万能で勉強もできて、しかもモテモテの憧れの先輩。 先輩は、部活のエースとして活躍した中学時代、「進○ゼミ」で勉強していたことを教えてくれる。 宣伝物としての重要ポイントとしては、このあと数ページに渡って、「進○ゼミ」に入会するにあたっての第一関門「親の説得」の実例シーン、 具体的に勉強をするシーン、今すぐに入会すると「こんなものやあんなものももらえます」というテレビ・ショッピング的な話題提供シーンが続く。 僕のようなミーハー読者にとって、この部分はこの上なくつまらないものなので、容赦なく飛ばし読みされる。 そして最後の2ページくらいで、第一志望の高校に見事合格し、桜の舞い散る通学路を、お目当ての女の子と笑顔でジョークを言い合いながら歩くみたいな「シズル感たっぷり」のラストシーンになだれ込むのだ。 僕には女姉妹はいなかったのだが、7つ年下のイトコ(かつて同じ敷地内に住んでいた)に送られてくる女子バージョンを学術目的で、かってに開封して読ませて頂いていた。(古い名簿の住所にDMを送る方が悪い) これが、ちゃんと少女マンガチックだったりして「結構まじめに作ってんだなあ」と感心した。 使われるネタは流行に敏感だ。 上の部活ネタではないが、「キャプテン翼」が流行っているときにはサッカー部、「スラム・ダンク」が流行ったらバスケ部みたいに。 登場人物の名前もそうだ。 安室奈美恵の全盛期にはナミエという名前が多かったし、パフィーが人気だった頃は親友同士でアミ&ユミみたいな。 ボーイフレンドが拓哉という名前でニックネームが「バカタク」というのもあった。 しかし、あの洗脳マンガを読んで入会しようという…(別の団体みたいだが)…人はほんとうにいたんだろうか。 僕みたいにマンガだけ読んでポイしてたヤツの方がきっと多いだろう。 やがて7つ年下のイトコに「早慶○語ゼミ」からダイレクトメールが送られてくるようになった時には、 「オレも年とったなあ」と思わず唸ってしまった。 |