ラヂオの時間

 僕の部屋には、長らくテレビがない。中学校に通っていた頃、実にわずかな期間ではあったが、部屋にテレビが設置されていた時期があった。しかし、高校受験の勉強の邪魔になるというのを口実にして、半ば強制的に兄の部屋に移されてしまって以来、結局今に至るまで僕の部屋にそのテレビが戻ってくることはなかった。 

 子供の頃から、僕は親から「夜9時以降に子供はテレビを見てはならない」という暗示をかけられていたため、大好きだった「とんねるずのみなさんのおかげです」などもビデオに録画して見ていた。ちなみに、録画して何度も何度も繰り返し見ていたために、番組の中で一時期やっていた「カルトQ」では、この番組のコントのキャラクターやギャグに関する知識が、とんねるずの二人やコーナーに登場したクイズ王たちに匹敵してしまっていたような記憶さえある。

 基本的に「家族で同じテレビ番組を見る」というのが普通だったので、いわゆる「チャンネル争い」ということもあまりなかったように思う。歌謡曲好きの母親が「NHK歌謡コンサート」を見たいというなら一緒になって見たし、大晦日はもちろん「紅白歌合戦」だったし、日曜日の夜8時はモノゴコロつく以前から断然「大河ドラマ」だった。大河ドラマに関する僕の最も古い記憶は、佐久間良子主演の「おんな太閤記」(81年)における、西田敏行扮する豊臣秀吉の臨終のシーンである。僕の年代でリアルタイムに「おんな太閤記」を見ていて、かつシーンの記憶があるなんていうのは僕ぐらいではないかと思っている。

 NHK以外でも、「ドリフの8時だよ!全員集合」や各局のプロ野球中継など民放の番組も、たいてい家族で一緒に見ていた。ちなみに、大河ドラマを見る習慣があったがために、その裏番組である「元気が出るテレビ」を、僕はたった一度しか見たことがない。それにNHKはCMがないので、CM時にザッピングするという見方もできないのだ。「元気が出るテレビ」は、よく仲間内で話題になっていたし、ノリが好きだったので、これに関してはやや残念だった。

 まあ、思春期なので、噂に聞くエロ深夜番組などを見てみたいという気持ちは当然あったのだが、我が家は構造上、居間のテレビはもちろん、部屋でも、夜中にテレビを点けようものなら、たちまち親に夜更かしをしていることがバレてしまっておちおちエッチなこともできやしないという、プライバシーもへったくれもない環境であったので、中学時代の一時期、部屋にテレビがあった時期にも、よほどのことがない限り、そのテレビを使うことはなかった。

 と、そんなこんなの自然な成り行きで、僕は深夜ラジオへと向かっていったわけだ。普通、思春期の少年少女でラジオの深夜放送を聴く人たちというのは「受験勉強のおとも」という感じでラジオを聴いている(らしく)、番組の方も受験生を意識したコーナーやトークを用意していたりするものだ。でも僕の場合は違って、勉強をしていようが単なる夜更かしだろうが、とにかく夜中に起きてるだけで親から怒られたので、とりあえず布団に入って寝ている振りをして、真っ暗な部屋の中でカードラジオを片手に深夜番組を聞いているという、実に薄暗く「非生産的な」接し方をしていたわけだ。

 それで、深夜ラジオというのは、笑いはそれなりに供給してくれるものなのだが、思春期の少年に特有の溢れんばかりのモヤモヤとした性欲を満たすのに十分な程度のエロを供給してはくれなかったように思う。健康な男子諸君としては、よくある「恋の悩み相談」とか、そういうものではなくて、もっとガツンとくるようなストレートなエロが欲しいわけだ。「健康で文化的な最低限度のエロ」が欲しいわけですね、エエ(意味不明)。

 その点、テレビの深夜放送というのは、映像という強烈な武器があるので、「チミ、これだよ〜これッ」というものを割りと簡単に視聴者に提供できるのだろうと思う。ちょっと小奇麗なネーちゃんを、少し露出度を高くして並べとけば、それでコトは足りるわけだ。

 ラジオ派の少年・アキサワとしては、ラジオはラジオなりにその特性を活かしてですね、エーエー、あのそのつまりは…、まあ露骨な言い方をしてしまえば、お姉さんの「ウッフン、アッハン」的な色っぽいボイス・パフォーマンスをタダで聴かせてくれれば、割りと文句なしで満足だったわけですね。姿が見えないから、かえって自分勝手な想像で遊べるわけで、それもなかなかいいかなと。

 でも、存在したら結構高い聴取率を獲得できそうな気がするその手の番組は、ほとんど皆無だったように思う。一度、偶然ダイヤルを合わせた某AM局で、その手のボイス・パフォーマンスを耳にしたことがあったが、たまたまその時だけやっていたもののようで、番組やコーナーとして確立されているものではなかったらしい。

 そんなある日、学校から帰った僕は、片手でおやつのまんじゅうをムシャムシャと食らいながら、僕の欲求に的確に答えてくれるエロ・ラジオ番組を発見すべく、新聞のラジオ欄を片っ端からチェックしていた。と、吸い寄せられるかのようにして向けた視線の先に、僕は非常に興味深い、ある文字列を発見した。 

「 AM 03:09  アダルト 」

 その、あまりにストレートな単語に、僕は思わず口に入れていたまんじゅうを「ンガックック」とサザエさん風に喉の奥に詰まらせてしまいそうになった。(こんなんで死んだらシャレにもならなかった)

 これは、AMラジオのFENの欄に書かれていた。FENというのは「Far East Network」の略で、極東アジア地域に駐留するアメリカ軍人とその家族向けの、オール英語のラジオ放送だ。生の英語を手軽に聴けるので、英語の勉強に使う日本人も多いと聞く。

 そのFENの番組で、「アダルト」である。なんといっても、エロに寛容な国柄の人間が制作した「アダルト」番組なのだ。そんじょそこらの「アダルト」とはワケが違う。興奮するなと言う方が無理なのだ。まさに「エロの、エロによる、エロのための番組」である。この午前03:09という極めて中途半端なタイムテーブルも、妙に怪しげな雰囲気を漂わせている。まさに「ヒ・ミ・ツ」の時間なのだろうか。

 僕は当時から、特別英語力があったわけではないが、所詮エロなんてものは原始的な欲求に基づくものであって、どうせ使う言葉は「いく」とか「いかない」とか、「くる」とか「こない」とかいう簡単な単語ばかりだろうし、それから「ウッフン、アッハン」は基本的に世界共通言語であろう、とすばやく判断をくだした。

 その晩、僕は布団に入り、押し寄せる眠気をこらえながら、特別聴きたくもないAMラジオの深夜放送の番組をハシゴして時間をつぶした。そして午前03:00過ぎ、ダイヤルをFENにチューニングした。そして軽くドキドキ、激しくワクワクしながら、禁断のアダルト・ゾーンの入り口である「03:09」を向かえた。

 が、雰囲気がおかしい。僕の予想では、その時刻にちょっとした区切りがあって、軽いエロスを醸し出すような音楽にのせたオープニングの後、おまちかねの「ウッフン、アッハン」がはじまるものと思っていたのだが、何の区切りもないまま、その時刻をまたぐようにしてポピュラーな明るい感じの曲がかけられていて、曲が明けてからも、そのままDJ形式の実に真っ当な音楽番組が続くのだ。

 ヘンだなと思いながらも、英語の分からないこっちとしては、黙って聴いているしかない。しかし、しばらく聴いていても、一向にエロの欠片も流れてこない。僕はだんだん放送に対していらだちはじめた。自分にスケベ心があるだけに、恥ずかしさも伴なって怒りが倍化する。やがて、「な、なんなんだッ、あのインチキ新聞は!」と怒りの矛先を「アダルト」という番組名を載せていたラジオ欄の新聞社に向けつつ、僕は半ばフテ寝状態で睡眠に入った。

 次の日、朝刊に比べて夜の番組のスペースが大きい夕刊のラジオ欄を見てみた。FENの03:09には「アダルト・コンテンポラリー」(直訳:大人・同時代の)という正式な番組名が書かれていた。

 つまり、例の「アダルト」という番組は、日本でいう「ナツメロ」みたいに、年齢の高い世代を対象にした音楽番組だったのだ。ラジオ欄の限られたスペースの都合上、「アダルト・コンテンポラリー」を省略して「アダルト」と記載されていただけだったのだ。

 この事実を突きつけられてしまった僕は、別に何も食べていないのに、思わず「ンガックック」となってしまったのであった。

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えせいずむ!アキサワ☆まがじん。

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