深田晃司 監督作品

『椅子』

 

作品紹介

 

 
 

<あらすじ>

〜理不尽な苦しみ 理不尽な救済〜

夏のはじめ、正午をやや過ぎたころ――郊外のある街。断片的に重ねられる日常の風景から物語は始まる。

和泉(井上三奈子)は、交通事故で失った姉の存在の大きさを感じながら、ぼんやりと夏を過ごしている。

似顔絵描きの老人・福島(細原好雄)は、椅子ひとつを背負って、追われるようにアパートを出ると、橋の下で暮らしはじめた。

小学生の孝史(小林亮太)は、友達もなく、テレクラのサクラで生計を立てる母・知枝(森脇麻衣子)と団地で二人きりの生活をしていた。

同じ部屋に暮らしながら、お互いについて何も語らず、何も知らなかった姉妹――ある日、和泉は亡くなった姉の存在を確かめるように、姉の似顔絵を老人・福島に依頼する。

和泉が漂わせている「陰」に何かを感じとった福島は、和泉に絵のモデルを頼む。郷里・長崎に暗い過去をもつ福島が、東京郊外のこの街に流れてきた本当の理由とは…。

一方で福島は、団地の公園でクマのぬいぐるみを拾ったことから小学生・孝史と出会う。クマのぬいぐるみを取り戻し、似顔絵を描いてもらった孝史は、次第に福島と心を通わせる。

同じ頃、孝史が暮らす団地の部屋に、母の愛人・三津崎が戻ってくる。孝史の家庭に理不尽な苦しみをもたらす三津崎。その苦しみは、やがて意外な結末へと繋がっていった…。

 
 

<解説>

〜物語の地軸は『椅子』〜

この作品は特定の主役をもたない。しいて言えば、冒頭でスケッチ画とともに紹介される和泉・福島・知枝・孝史の四人が主役ということになる。

本作の深田晃司監督は、一見、際限なく膨張してしまいそうな群衆劇的ストーリーの渦の中心に「椅子」という地軸を一本通すことで、ストーリーを引き締め、展開のメリハリをつけることに成功している。

「椅子」が登場するのは、必然的に主役たちが交流する場面となり、観る側は、それぞれの主役の背後に存在する膨大な時間を感じながら、「椅子」という地軸が作り出すストーリーの渦巻きの中へ自然と引き込まれていく。そんな意味で本作のタイトルに『椅子』という単語を設定したのも秀逸と言える。

やがて「椅子」に訪れる運命が、そのまま主役たちの交流の終わりを告げるメルクマールとなる点も興味深い。

出演は、平田オリザ主宰の青年団で活躍中の井上三奈子。Bluff Show Projectに所属し関西の演劇シーンで活躍する森脇麻衣子。石原慎太郎原作のTVドラマ『弟』で裕次郎の甥っこ役に抜擢された子役・小林亮太。鶴田法雄監督作品『案山子』他、多くの映画作品で活躍中の細原好雄らの好演を得ている。

同じ街に暮らす人々が、多くを語ることなく静かに抱いている、それぞれの屈折。それらが「椅子」によって一瞬の結びつきをもち、やがて解けていく短い季節を、豊かな緑・川の流れ・夏の陽射し・水面の光などに象徴される郊外の風景の中に巧みに描き出している。

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